こんにちは、なおです。

私は次男の妊娠時に前置胎盤になってしまい、3ヶ月間の入院を余儀なくされました。
入院していた時に書いた日記ブログを元に、当時を振り返って記録していこうと思います。

前置胎盤て何? という方は前回の記事をご覧ください。

確率0.6%! 前置胎盤になった経産婦の記録
前置胎盤という言葉を知っていますか? 妊娠トラブルの一つで、全分娩の0.3〜0.6%の確率で起こります。 実は私、次男出産の時にこの前置胎盤になってしまって、妊娠7ヶ月から出産までずっと入院生活を送っ

警告出血とは

前置胎盤の妊婦さんに起こりうる症状として、警告出血と呼ばれるものがあります。

妊娠中期から無痛性の性器出血をくり返し(警告出血)、妊娠後期では突発的な大量出血が発生する。

警告出血は前置胎盤の人全てに起こるわけではないそうです。
いきなり大出血をすることもあれば、出産まで一度も出血しないこともあるみたいです。

※ここでいう出産とは、予定帝王切開による出産を指します。
陣痛が来ると大出血を起こすため、前置胎盤の妊婦さんは正産期に入るとすぐに帝王切開で出産することがほとんどです。

私は出産までの間に、何回も警告出血を経験しました。



 以下は私の体験談になります。生々しい話を含みますので閲覧にはご注意ください。


スポンサーリンク

最初の警告出血

私が最初の警告出血を起こしたのは、2015年7月11日。妊娠24週になったばかりの土曜日でした。

午前中が妊婦健診の予定で、ちょうどお腹の子の性別が分かる日でした。

夫のエンさんと長男のリュウくんも一緒に出産予定のクリニックに来てもらい、二人を待ち合い室に残して診察室へ。

エコー検査をしてもらっていると、外来の先生から「ちょっと胎盤の位置が下の方にあるね。30週くらいまで様子を見て、上にあがってこないようならここでは産めないかな」と言われました。

16週の健診でも胎盤の位置が低いとは言われていたけど、ここで産めないと言われたのは初めてで少し驚きました。
ただそのときの私は、30週までまだ時間があるし…とそこまで深く考えていませんでした。

この時点で前置胎盤に関する知識はほぼなし。

胎盤が下にあると言われてもそれが「前置胎盤」と呼ばれるものだとは一切知りませんでした。

それよりもお腹の子が男の子だと教えてもらって、そっちに気を取られていたんですよね。
待合いに戻り、先生に言われたことをそのままエンさんに伝えました。

彼も胎盤の位置が低いということにはそれほど関心を持たず、「ふーん?」という感じ。

その後はお腹の子が男の子だという話題で盛り上がりました。

「赤ちゃん、弟だって。いっぱい遊べるね~」とリュウくんに嬉しそうに話しかけていました。

このまま食事をして街に遊びに行こうということになり、クリニックを出て近くのファミレスへ。
食事を待つ間に私の両親に二人目の性別をLINEで報告。

食べ終わったころにリュウくんのオムツ替えをするために女性用トイレに向かいました。(そのファミレスには女子トイレにしかオムツ代がなかったためです)

無事オムツ替えも終わり、リュウくんを下ろすために抱き上げた瞬間でした。

股のあたりで「ぷちっ」という何かが切れるような感覚があり、何かの液体が流れ出てきたのを感じました。
嫌な予感がして、リュウくんを抱えたままトイレの個室に入り子供用の椅子に座らせました。

恐る恐る下着を見ると、真っ赤な鮮血が大量についていました。(医学的には少量と判断される量だったみたいですが私には大量に思えました。)

それと同時に腰を下ろした便器の中に、さぁっと赤い血が広がります。

後から思い出すとリュウくんがしきりに「ママ、血ー!」と叫んでいたような気がしますが、頭が真っ白になっていてあまり聞いていませんでした。

どうしよう、どうしようという言葉がぐるぐる頭を巡り、半分パニック状態。でもとにかくエンさんのところに行かなくてはと思いました。

トイレットペーパーを下着に当て、こども椅子に座る息子を抱き上げて席に戻りました。

(この判断でよかったのか、未だにわかりません。結果として次男は無事に生まれたからよかったものの、リュウくんをそのまま椅子に座らせておいて助けを呼んだ方がよかったのかもしれません)

席まで戻り出血したことを伝えると、エンさんも顔色を変えてリュウくんを受け取りました。

急いでクリニックに電話して出血した旨を伝えると、すぐに戻ってくるように指示されました。

ファミレスからクリニックまでは徒歩5分程度の距離。歩いても良いのか確認すると、いまもダラダラと出血していないのであれば、ゆっくり歩いてきてくださいとのこと。

すでに会計を済ませていてくれたエンさんと、ベビーカーに乗ったリュウくんと一緒にもと来た道を戻りました。

恐る恐るゆっくりと歩いたので、実際は5分以上かかったんじゃないかな。お腹をかばうように前かがみになってベビーカーにつかまりながら歩いたのを覚えています。

さらなる出血を感じないことや痛みがないこともあって、クリニックに到着する頃には若干冷静になっていました。

到着間際に私服の院長先生がクリニックに入っていくのを見かけ、「ああ、きっと昼食の時間だったろうに私のために戻ってきたのかな」と申し訳ない気持ちになる程度には平静を取り戻していました。

院長先生の説明

クリニックに入り名前を告げると診察室に通されました。
助産師さんに案内され診察台の上へ。すぐに院長先生がやってきて診察してくれました。

「出血は今は止まってるみたいだね」そう言った後、「あ、でもフォアグラが出てるな」とつぶやいたのを聞き逃しませんでした。

専門用語なんか知らなくてもなんとなく理解。きっと血の塊が出たってことなんでしょう…。でも怖くて突っ込んでは聞けませんでした。

診察が終わると、ベッドに横たわり左腕からウテメリンの点滴を開始。

これは子宮の収縮を防ぐ薬で、これから移る病院でもおそらく同じ薬を打つことになるから、ここでもう始めちゃいますね」と院長先生が説明してくれました。

いろいろなところに電話をかけ、私の受け入れ先を探してくれているようでした。一度電話を切り、返事がくるのを待つ間また説明してくれます。

「今すぐ生まれそうな気配はないけれど、念のためNICU(新生児集中治療室)のある病院に搬送します。受け入れ先を探しているから少し待っててください」

その穏やかな口ぶりはあまり緊急性を感じさせず、ちょっと安心する私。

その後、エンさんとリュウくんが部屋に通されました。
リュウくんはしきりに「ママ、ママ」と呼んでくれていて、なんとなくこの不穏な空気を感じているようでした。

エンさん一緒とに院長先生から聞いた説明は以下の通り。

今、なおさんは妊娠24週です。これが26週までいくと赤ちゃんが助かる可能性はだいぶ上がります。そして28週までくるとほとんど大丈夫と言えますから、まずはそれを目指しましょう。

私もエンさんも「はい・・・」と答えることしかできませんでした。
たぶん二人とも、先生の話している意味がよくわかってなかったんだと思います。

出血こそしたものの、私は痛みも苦しみもなく元気なんですから。事の重大さが理解できていませんでした。

何ヶ所も電話してもらったにもかかわらず、私たちの住んでいる区のNICUのある病院は全滅。受け入れ不可でした。

そこで都心にある院長先生出身の大学病院に電話をしてもらうと、なんとか受け入れ可能だとの回答。搬送のために救急車を呼ばれました。

「救急車に乗るなんて大事のように感じるだろうけど、大丈夫ですからね」と、どこまでも優しく話してくれる院長先生。

ここで一度、エンさんはリュウくんを連れて家に帰り入院の準備をしてくることになりました。二人が帰る時はやはり少し心細かったです。

救急車が着くと助産師さんが同乗してくれました。

院長先生も乗り込むところまで見送ってくれて、「なおさん、がんばって元気な赤ちゃん産みましょうね」と声をかけてくれました。

のんきな私はここで初めて、「あれ、私とこの子、ひょっとして危険な状態なのかな」と思いました。

繰り返しますが、出血してもまったく痛みがなかったんです

びっくりして頭が真っ白にはなりましたが、まさか赤ちゃんや自分自身の命に関わるとまでは思っていませんでした。

(今となっては警告出血の怖さがわかります。1回目は少量で済んでも、二度目は大出血する危険性があるからです)

そのときはとにかく先生の大丈夫という言葉を信じるようにしました。

この後 搬送先の病院で処置・診察を受けて入院することになるのですが、それはまた次の記事でお伝えします。

スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事